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2007年10月

2007/10/28

ルーツ2

やっと、ルーツを全部見終わった。

今迄無頓着だった歴史について、最近少しずつ勉強し直している。
海外に問わず、日本の歴史。
それは、人権問題という前提でフェミニズムにも欠かせないというより、全く同じ問題である。

自分が今、この時代にたまたま生きて、たまたま同じくらいの世代の人と出会うことができ、周りの人に支えられている。
親がたまたま自分を生んだのではなく、自分が親を選んで生まれてきたということ。
本来、誕生日は両親に感謝しなくてはならないのだ。

自分がなんのために生きて、生かされているのか。
きっとこの世に生まれている人、動物たちに生きることの意味がある。

ルーツを見て。
奴隷として一生過ごさなければならなった多くの人たち。
彼らは、私たちに大きなことを教えてくれた。

人種差別は、戦争と変わらない。
自分が彼らと同じ境遇にいたら、生きることを諦めていたかもしれない。
時代と国が違うだけで、こうも環境が違う。

日本では自殺者が多いと言われるが、彼らの苦しみとは大きく異なる現代的なストレス。
でも、やっぱり人間扱いもされなかった彼らと比べれば、どんなに幸せなんだろう。
だから、そう簡単に自分から死んではいけない。

自分を必要としてくれる人が必ずいるから。


エミー賞9部門受賞、視聴率51.1%! 全米で1億3千万人が見たといわれる。
『ルーツ』
18世紀の半ば、生まれ育ったアフリカのガンビアから奴隷船で連れ去られ、アメリカ南部の奴隷商人に売り渡された黒人少年クンタ・キンテ。たどり着いたアメリカで待っていたのは人種差別、過酷な労働、そして理不尽な暴力だった…。 少年クンタ・キンテとその子孫の数奇な運命をたどることにより、血と汗と涙によって彩られてきたアフリカ系アメリカ人たちの歴史を生々しく描く。まさに彼らの<ルーツ>を探る壮大な物語であり、人間ドラマの最高峰。多くの視聴者に感動と衝撃を与えた。
『ルーツ2』
1865年、南北戦争と共に奴隷時代も終結したが、クンタ・キンテに始まり原作者であるアレックス・ヘイリーまでの一族の物語は続く。世界大恐慌、市民権運動、2度目の世界大戦へと激動の時代、クンタ・キンテの子孫たちは黒人の基本的人権を勝ち取っていく。アレックス・ヘイリーは自分の祖先の話に関心を示し、自らのルーツを小説に書くことを思いつく。ガンビアでキンテ一族の語り部から行方不明になったクンタの話を聞き、遠い親戚であるキンテと出会い、自分のルーツがガンビアのキンテ一族であると悟る。

原作はアレックス・ヘイリーによるピューリッツァー賞受賞のノンフィクション。
1977年にアメリカでオンエアされると驚異の視聴率51,1%をたたき出した。
これは全米で実に1億3千万人もの人々が見ていた計算になる。
そしてその年のエミー賞では9部門を受賞、翌年のゴールデングローブ賞では最優秀テレビシリーズ賞を受賞。
まさに現代ドラマの根源<ルーツ>ともいえる作品。日本では、こうしたアメリカの歴史の暗部に触れる機会が少なかった分、そのショックとインパクトも大きく、放送されると大いに話題を集め、当時の社会現象にまでなった。<ルーツ>という言葉はこの作品以降、日本でも外来語として一般に使われるようになる。

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2007/10/24

原爆ドーム

広島に行った。

4年前から行きたかったところ。
日本人なら一度は行くべきだと感じていた。
原爆を落とされた広島、長崎。

正直、当たり前だが店舗の準備でいつも節約生活を送っていた。
生活を切り詰め、時間的に逢いたい人と会うことも制限し、行きたいところも行けるわけがないと決めていた。

久しぶりの一人旅。
といっても一泊だが、
充実した時間をすごせた。

原爆ドームを見たのは生まれて初めて。
とても衝撃的で、想像以上のものだった。
修繕工事をして手直しされているものの、当時の地獄の惨劇を想像するには十分すぎる痛みだった。

平和資料館は大きくかなりの資料が展示してあった。
ビデオシアターもあり釘助となった。

当時被爆者のお腹にいた胎児にも影響し、ハンディを持って生まれた女性が印象的だった。
彼女は35歳(ビデオ制作時)になっていたが、知的障害を持って周りの人のサポートがないと生きていけない。
原爆が落ちなければ、ごく普通の健康的な女性だ。
彼女に限らず、次の世代にまで身体に影響を及ぼしている人はたくさんいる。

資料館で亡くなった人の捜索パネルがあった。
亡くなった人の顔写真が一斉に表示され15秒置きに次から次へと変わる。
人生を築いてきた、各々のお顔を見た。
特に若い女性、子ども、花嫁姿の写真が悲しかった。

資料館には修学旅行生たちや、外国人も予想以上にたくさん訪れていた。
アメリカ、ヨーロッパ、インド系の人たち、真剣に見ていた。
地元のボランティアの方が説明も行っている。

被爆した人が一生懸命、学校などで子どもたちに伝えているシーンを見た。
今被爆してしまった人ももう年を重ね、直接伝えることさえも難しくなっている。

当時を知らない私たちが、きちんと伝えなければならない。
戦争が全く意味がないということ。
痛みと暑さにもがき苦しみ、無念の思いで亡くなった人たちがたくさんいたこと。
同じことを繰り返してはならないこと。


私は、子どものころ何を学んできたのだろう。
でも今頃になってしまったが、少しでも学び考え、感じることができてよかったと思う。

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2007/10/16

インターネットのかたち「繋がる」

Syncmag-シングマグの季刊誌が届いた。
以前、取材の申し込みを受けて、それが完成し届けてくれた。


今回の特集が「インターネットのかたち」というもので、
私はHPのショップ運営ソフト、ID for WebLiFEの「デジステソフトのある暮らし」というテーマで
ApproachのIDと「繋がる」ということについてお話させて頂いた。

Approach活動の記録が残ること、取り上げてもらえることはとてもありがたい。
これからは、広報にも積極的に参加していきたい。

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2007/10/10

分岐点

具体的に店舗立ち上げのために準備をしてきて2年半。

ここで転機を向かえている。


資金も商品も内装の目安も経っている。
特に今年6月からは、物件さえ決めればいつでもできる状態だった。

しかしながら、同じ6月に怪我を重ねてから、さらに自分の身体を向き合うことになった。
一番は自分の体力の限界を感じている。

そして店舗スタートから全てを一人でこなすのは難しいと判断した。
よい人材を見つけたものの、相手のタイミングも今は合わない。

ずっと目指していたものの一つ、店舗開業。
今、これを諦めることにした。


なによりも、期待してお店のオープンを待っていてくれた友人、家族、クラフト作家さんにお詫びしたい。

今確実に言えるのは、
Approachにできることはまだたくさんある。
「手作り」「自由」「ひと」
=With the handicraft goods, freedom, and the personv

Approachがいう「自由」
Freewill=どんな人も自分の人生を自分の意志で決める権利を持つ、という意味がある。
当たり前だが国、老弱男女、年齢、ハンディに関係なく人は皆平等であり、
人は働くためだけに生まれてきたのではなく、生きるために歩むために生まれてきたものだと考える。

「人」が支え合うものであるとすると、
Approachでいう「ひと」は自分自身の力でこころや身体、生活などを立て直す自立の意味が含まれる。
例えばなにか問題にぶつかった時家族や友人などに頼ることも必要だけれど、自分自身で心や身体、意識など立て直すために、また生き方を切り開いて行く考え方(セルプ.ヘルプ=selp help)にも共感している。

そして、「社会的意義のあるショップとして位置づけること」

これは、これからも全く変わらない。

今私はまさにセルプ.ヘルプの時。

視野をチェンジし、スタートラインに起ちたいと思う。

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