« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »

2007年2月

2007/02/26

ルーツ

お正月に親から勧められて、アフリカの奴隷問題のドラマ「ルーツ」を第5話までやっと見ることができた。
最近アフリカに関する情報が増えてきて自分の中でアフリカへのイメージがまた変わろうとしている。
そもそも手工芸品からアジアなど中心に視野を広めてきてはいたが、アフリカに関してはまだまだ勉強不足なのだ。

このドラマ、映画のようだ。
差別にもいろいろあるけれど、人種差別ほど許せないものはない。
主人公のクンタ・キンテがむち打ちの刑にさらされているシーンは胸が痛く泣いた。
なんのために生まれ、生きているのだろうと、生きる気力さえ失わせるような環境で彼の精神力の強さにも驚く。

【ルーツ】
作家アレックス・ヘイリーが自分の母親の家系(ルーツ)を綴った同名長編小説をドラマ化。
アフリカから奴隷としてアメリカに連れてこられた黒人少年クンタ・キンテの半生を描いた本作は、1977年の放映当時、全米に熱い感動を呼び、社会現象にもなった。クインシー・ジョーンズの音楽にのせ、黒人社会の歴史と真実を力強く描いた重厚な人間ドラマだ。エミー賞6部門独占受賞、ピューリッツァー賞受賞作品。
1750年、西アフリカのガンビアで優しい両親の元に生まれたクンタ・キンテ。やがて成人の儀式を終えたある日、クンタ・キンテは奴隷商人に捕まり、見知らぬ異国の地・アメリカへと旅立つことになる…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/02/21

.MAC

.Macのメンバーシップに更新案内が期限の3日前にきた。
おおっと、忘れていた自分がいけないのだがもう少し早くお知らせがほしいところ。。

外出予定を変更し、急いで手続きを踏む。
そのために一時またHPを止め、更新から停止、そして再登録をし、メールアドレスとHPアドレスの変更、ドメインの設定変更などを行う。
これだけのことなのに、半日も時間を費やしてしまった。。
今は、HPの更新だけで、3時間かかるようになった。

アップしたあとに、大きなミスを見つけると(誤字脱字、消去して置かなければならないのにしていなかったなど)
泣く泣くまたゴミ箱へ移す。
一通りのHPの更新は拘束時間を入れて4時間近くに上るようになった。
それだけ画面が増え、写真などのボリュ−ムが増えているから。


この日の作業。
一年前に、Web ページの公開のためにHPをアップする上で試行錯誤の上やっとの思いで登録までこぎ着けたのを思い出す。
しかし、希望のアカウント名を間違え、登録後の訂正ができずにサポートセンターにしつこく問い合わせたものの、セキュリティが万全のMacには応じてもらうことができなかった。
結局不本意なHPアドレスを一年近く使う事になり、名刺も数回変更するはめになった。

今回は更新ではなく、新規に入り直す。
アドレスのドメインは取っているものの、アカント名がそのままメルアドと同じになる。
また、9月にヤフーのメールアドレスを変更した際にMacのメニューバーのメールボックスが使えなくなり今に至る、という理由もある。受信はできるものの送信ができない。
いくら、見直しても調べても結局解決できなかった。。

自分の技術と知識はまだまだ初心者と変わらない。。


「.MAC」はWeb ページや iPhoto のフォトアルバムを公開するための HomePageが使え、余計な広告が一切ない。他MAP/POP を使用した .Mac Mail アカウントでのメールの送受信とどのブラウザからもアクセス可能な Web メール機能、メールのメッセージ、アドレスデータ、ブックマークへの Web アクセス、最高 10 個までのメール専用アカウントの追加購入などがある。

もっと多機能が含まれているが、一年間で9800円。
これが安いか高いか?
やっぱりWebの成功と、自分の技術内容により大きく違ってくるだろう。
P1010008

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/02/17

大きな買い物

ちらほらと物件情報を頂く機会が増えてきた。
迷うことは、可能性があるから期待もできるのだがそういう物件ほど慎重にもなる。


昨年から待っているまとまった収入の時期が確定され揃い次第、
そしてよい物件が見つかり次第決めることができる。
今も尚、この時期を待っている。

開業資金のメインは、物件取得費にあたる。
保証金(敷金、礼金)、+毎月の家賃を見込む。

他、内外装費、国内仕入れ代金、什器、備品費、広告、販促物品、運転資金など。

私は、全ての資金おいて100%自己資金でやる予定。
こうしている今も少ないバイト料を時間に引き換えつつ、節約生活と格闘している。
でも、これはやりたいことなのだから当然のこと。


友人が車やマンション、結婚資金などに当てる代わり、私は「お店」を買うという概念だ。(賃貸だが)


今までの人生での大きな買い物は、
数年前購入した60万する中型のバイク。
170Kgもあり、転んだら起すのにも一苦労。
格好つけで選んだのはよかったが、結局不器用にしか使いこなせなかった。
そして一年半後に盗難にあい、泡と消えたのだ。

自分の器量に合わない買い物はしてはいけないと、この時学んだ。Sample15

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/02/13

バレンタインデー

子どもの頃からこのイベントも楽しんでいたけど、販売する側に回るようになったことがキッカケで、
チョコを買うこと自体だいぶ遠目から見るようになってしまった。

バレンタインデーは商売のからくりって。

子どもの頃、手作りチョコのハートの形が曲がったまま好きな男の子に渡したことも、義理で職場に配ったことも、本命にカードを添えて渡す、などなど一通りのことをしてきて満足したのか、最近は気持ち的にもご無沙汰している(笑)

↓由来
バレンタインデーの歴史

バレンタインデーの歴史は、ローマ帝国の時代2月14日は女神ユノの祝日だった。ユノはすべての神の女王であり、家庭と結婚の神でもある。翌2月15日は、豊年を祈願する(清めの祭りでもある)ルペルカリア祭の始まる日。当時若い男たちと娘たちは生活が別だった。祭りの前日、娘たちは紙に名前を入れた札を桶の中に入れることになっていた。翌日、男たちは桶から札を1枚ひいた。ひいた男と札の名の娘は、祭りの間パートナーとして一緒にいることと定められていた。そして多くのパートナーたちはそのまま恋に落ち、そして結婚した。

ローマ帝国皇帝クラウディウス2世は、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由で、ローマでの兵士の婚姻を禁止した。キリスト教司祭だった聖バレンタインは秘密に兵士を結婚させたが、捕らえられ、処刑された。処刑の日は、ユノの祭日であり、ルペルカリア祭の前日である2月14日があえて選ばれた。バレンタインはルペルカリア祭に捧げる生贄とされたのである。このためキリスト教徒にとっても、この日は祭日となり、恋人たちの日となった。

日本でのバレンタインデーとチョコレートとの歴史は、神戸モロゾフ洋菓子店が1936年2月12日に、国内英字雑誌に「バレンタインチョコレート」の広告を出し、1958年2月に伊勢丹新宿本店で㈱メリーチョコレートカムパニーが「バレンタインセール」というキャンペーンを行った。なお、この日がチョコレートなどのプレゼント交換の日となったのは、2月にはあまり商売になる年中行事が少ないため、この行事を担ぎ出して商戦をあえて仕掛けたことが発端といわれている。

あげるほうじゃなくもらう方なら、商売の戦略に乗ったとしてもきっと楽しいだろうになー。。Cocoro002

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/02/09

アプローチ

体調もすっかりよくなり、若干気持ちまでも弱っていたがまたもぞもぞとやる気が出てきた。

資金準備も進めながら、店内用ポップもそろそろ作っておきたい。
 Web Shopの商品のアップは今月末をめどに一段落させるつもりだ。
商品も割とボリュ−ムが出てきたし、アップするための作業には結構な時間がかかり、今後の次回配分に支障がでると判断したためだ。
HPの更新、情報提供は引き続き行い、Shopも今後も開店中とし残りの作品(撮影済み)はアップさせる。


商品を載せるための画像や説明文の作成を店舗用にまわす。
ポップ作成のためインターネットでラミネーターの機械も安く購入した。

そして昨年出店したアースディのイベント。
かなり大掛かりで商品のボリュ−ムや運搬にかかるコストや場所代を考えると基本の一人ではどうしても無理がある。それが理由でイベント出店に出られない日が続いていたが、小規模でも一人で手持ちでやれる範囲でやればいいじゃないかと改めて考える。

やるならきちんと、本格的というスタンスでいたが、出店自体のチャンスまでなくすなら小規模でもせめてアピールができるならそっちのほうがいい。
無理なくやれる範囲で、でもApproachをもっとアプローチしていきたいもの。
チラシを配って頂いている所はあるものの、広報にも力を入れていきたい。
とにかく小さなキッカケを重ねていきたい。


Rgb0103

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/02/06

差別は区別から

「女性は産む機械」と発言し釈明に追われている柳沢伯夫厚生労働相はすっかり有名になってしまったが、この手の暴言はいつもながらまたか。。とため息がでる。http://www.excite.co.jp/News/politics/20070206210700/20070207M10.115.html

日頃思っていることは無意識にぽっと言葉にでるもの。
当たり前だが、よくても悪くても本心、本性は日常の人間関係においてもいつかはばれる。
繕っていても、長くつき合っていけばおのずと分かるしいつまでも隠していけるものではない。

しかし、一般ではなく政治家としての彼の発言は、根本的に自分が差別をしていることに全く気づいていないところからしてすごい。
時代遅れの認識の上にさらに女性をモノ扱いしている意識はどこから来て、なぜそんな人が少子化対策の担当なのか理解に苦しむ。

都知事の「子どもを生めない(年齢的に)婆はもう必要ない」という言葉を思い出すが、なおも平然を辞めることなく職についているのだから今回の彼もいづれ時間が経てば何事もなかったようになるのだろう。。

2007年。
まだ、この時代においてもこんなことを発言してしてしまう日本って、やっぱり遅れている。

差別は区別から始まる。
こんな簡単なことが分からないなんて。
怒りを超して苦笑してしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/02/01

インフルエンザ

生まれて初めてかかった。
土曜の夜にのどが痛いと思い、日曜になり寒気が襲い、その日の夜にはあっという間に熱が38度まであがった。
月曜はどうしてもでかけなくっちゃいけない。
体中痛くなりしんどかったが、この時まだただの風邪だと思った。

人間思い込みって大きいなーと思った。
やっと火曜に病院にいったら、薬の種類があるから検査しましょうといわれ、鼻の穴に綿棒でぐいぐいと奥まで入れられ「痛いよー」と少々のけぞる。


20分後に結果がでた。
「やっぱり、そうだね」と何故か、先生の得意顔。

インフルエンザなんて、生まれて初めてだ。
一言で言えば風邪の重いやつ。
子どもや、お年寄りは免疫力が弱いので、命にもかかわるというが私はお腹も痛くなく気持ち悪くもなく、
熱は39度まで、体中の痛みと喉の痛みとだるさだけだった。

病院の薬はよく効く。
飲み始めて半日で熱が急激に下がった。
今は、喉とガラガラ声と咳が残っている。

風邪関係の病気なんて5年ぶりくらい。
暖冬のせい、ではなくカッコつけて薄着になり油断した自分に負けた。

ああ、健康って幸せだ。。

と、つくづくと思い知らされるのだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »